あぐり王国 放送内容

2020年03月07日(土)
先人の思いを忘れない…


 (森Na)
実は白澤ファミリー。
大豆生産などを行いながら、
食肉用の牛や豚を育てているほか、
その加工と販売まで行っているんです。



 (リーダーNa)
おっ、今度は何の建物でしょう?
屋根の下にチョウチンが吊るされてますね…
看板は「シロサワ」って文字が書いてある!?



 (森Na)
白澤ファミリーは、
レストランも営んでいるんです。
食肉加工した牛肉や豚肉は、
スーパーマーケットのほか、
コチラのレストランでも提供されているんです。



 (リーダーNa)
でた〜これぞ南米料理!シュラスコですね〜
鉄の串に刺したお肉を焼いて食べる!
言わばバーベキューのようなものでしょ。
本場のシュラスコ、だあああ〜美味しそう!



 (リーダーNa)
おっ彰一さん。
スーパーマーケットから移動して、
今度はどこに向かっているんでしょうか?



 白澤さん
「十字架がある建物が白澤家のお墓です。
 親父が元気な時にお墓の敷地を買って
 全部建てたんです」
 
(森Na)
こちらの場所は、イグアス移住地日本人墓地。
彰一さんのご両親が眠る、
お墓を見てもらいたいということで、
案内してくれたんです。




 白澤さん
「暗くて…大丈夫ですか?
 おふくろと親父です」




 白澤さん
「親父が亡くなった時、僕はいなかったけど
 『うちの息子らは俺1人分も出来ない』
 『残念で情けない』と言っていたらしいです。
 あははは(笑)なんせすごいんです!」




 (森Na)
移住前は、夕張で農業を営んでいたという
彰一さんご家族。
1958年、南米への移住に夢と希望を抱いていた
父親の決断によって、
ご家族8人、列車と船を乗り継いで、
この地へやって来たのです。



 白澤さん
「子供たちも夕張より南米の方がいいと思って…
 親が好きであれば子供も南米の生活が合うだろうと
 考えたんじゃないかなと思うんですけどね。
 僕は大反対して最後まで来たくなかった!
(日本を)出るまでは何とか残りたいと思っていた。 
 でも船に乗ってしまったら覚悟が決まったから」




 (森Na)
厳格で仕事熱心だったという父親のもと、
移住当初は、ご家族総出で農地開拓に
明け暮れる日々を過ごし、
大豆や綿花、そしてトマトやトウモロコシ、ゴマなどを栽培。
徐々に営農規模を拡大していきました。

白澤さん
「パラグアイに来て大豆を植えて
 自分でエンジン付きの収穫機を作って
 今のコンバインの最初を60年前に作った!
 その機械を作るのを毎日手伝った」




 白澤さん
「それで初めて脱穀機というのを作った。
 それをみんな見に来て
 真似して色んなのを作りましたよね。
 だから(父親は)変わったものを何でも
 先立ってやっていたんです」




 (リーダーNa)
パラグアイにおける大豆生産の先駆者が
北海道の方だったなんて…
彰一さん、まさに道産子の誇りです!


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